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オナガ+雑談 [ベランダから+敷地内]

ベランダから見えたオナガ、ベランダで咲いた三時花
♪WHERE ARE YOU CALLING FROM♪
三時花
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※ ※ ※

売り出し中だった相続不動産、急転直下、売れました。
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以前にもちょっと記事にしたので、終了記録です。
2019年、父他界以後、今年までに、両親が最後に暮らしたマンションの1室、父の田舎のいわゆる先祖代々、叔父夫婦の家と、三件の不動産を処分しました。2023年6月、叔母の3回忌、やっと相続関係の処理がとりあえず終了です。終わってみれば、なんだか寂しい・・・ですが、その過程は、ストレスでした==× ある意味、相続不動産に振り回された数年間でした。

最後の叔父夫婦の家、叔父の死後は、叔母がそのまま居住していましたが、入院から施設へ、で、空き家化。こどもがないため、包括支援センターや市が、世話をやいてくれまして、亡くなる前、約3年、成年後見人弁護士がついてました。彼はすぐに家を売りたいと父に許可を求めてきましたが、売れないまま、父も叔母も死去。叔父叔母の甥姪が代襲相続人となってしまいました。難問満載判明で、大学に近いから学生にでも貸そうか、思い切って移住しちゃうか、とまで考えましたが、昨年末、急展開で売れました^o^)/
譲渡税免除要件の耐震基準は満たしていない可能性が大きいから、調査はしないで、更地化して売る予定でしたが、すべてまるのみ、現状のまま買いたい方登場で、植木も家屋も家屋内もそのままでお譲りしました。

県庁所在地、スーパーも小学校もすぐそば、大学にも近い、病院も郵便局も徒歩圏内、有名な温泉にも歩いても行ける、市の中心部に向かう市電の停留所も遠くない便利な場所、巨大ワシントンヤシと接道面が用水路というのが難点かなぐらいに思っていたら、次々出るわ出るわの、不動産屋が買い取りを尻込みするような問題点、うんざりでした。
ワシントンヤシも接道面が用水路というのも、そう簡単な話ではなかったです。橋が耐震基準を満たしていない。架け替えると数百万?!橋が二つかかっているけど、ひとつは無許可?!もうひとつは直近の使用料未納?!自費で橋をかけた上、使用料とは?!ワシントンヤシは根こそぎ撤去だと、これも一本百万円以上かかる?!

1)戦後すぐの頃に宅地化された地域のようです。当時は田んぼか畑で、その水路と農道が、びっくりの国有地!所有者の財務省は、正確な場所も面積もわからないとおっしゃる。根拠は随分古い絵図面みたいなのだけ。それが、敷地の南端に位置しているらしいけど、その存在は見えません。こどもの頃から結婚前までは、よく行ってましたけど、南端に水路や通路があったという記憶はありません。色々調べて、そのかつての水路の一部が、敷地の南端角にかかっていることはわかりましたが、だから、どうすればいいのか。所有者(財務省)が正確な場所も面積もわからないと言い、目には見えない場所を、大金使って測量したら、わかるというのか?!隣接地の方々も困惑でしょう。国(南側の水路と農道)、県(接道側の用水路)、市(北側の細い道と水路)が関係するため、土地の境界確定測量には100万円ぐらいかかるとのこと。そして、結果、納得しない関係者がいれば、無意味になるとのこと。それでも、測量するしかないという結論でしたが、突如登場の購入者のおかげで、測量しなくて済みました。

2)土地の登記面積と実際の広さの違いが大き過ぎました。増改築時の書類によれば、実際の面積は、登記面積の1.6倍ぐらい。

3)家屋は当初平屋でしたが、2回増改築をしたようです。2階建になった1回目は、知ってましたが、2回目は初耳。増改築による登記がきちんとされてなかったため、相続登記の結果、未登記の部分が残ってしまいました。何が何だかわけがわかりませんでした。更地化すれば、無視していいのだそうですが、結局そのままの売却となったので、滅失登記と更新登記が必要になりました。

4)アスベスト調査。アスベストがいいと推奨された時代の増改築だった結果、やっぱりアスベスト使っていました。解体するとなると、相当額の費用が発生するそうですが、解体しないことになったので、調査費用だけで済みました・・・・アスベスト抜きの解体見積もり、400万〜600万。アスベスト処理が入ると、1.5倍にはなるとか・・・

私にとっては突如登場の購入希望者は、叔母の生存中から、後見人と交渉していたのでした・・・購入者は大学生時代から叔母との付き合いありで、仕事上の関係者でした。叔母はお琴の師範で、自宅2階の一室は、お琴が10台ぐらいは並べられる練習場でした。購入者さん、これをそのまま使いたいということでした。残された調度品、日用品、衣類小物など、そのまま使ったり、欲しい人に譲ったり、廃棄処分も自分でするということ。叔母の晩年には、後見人の依頼で、楽器類の良い物は自分が買取り、余分な物は、近隣の複数の県立高校の部活に寄付したとのこと。

不動産屋さんによれば、面倒な物件は、隣地の人に買ってもらうのが一番だという話ですが、似たような結果になって幸運でした。北隣の方は、欲しくて、息子に買わせようかと相談したけど、他県在住で、帰る気はないといわれちゃったと残念がっていました・・・不動産屋によれば、西隣と南隣には断られたそうです。
※ ※ ※


1件目:母の具合が悪くなって、父一人では対処が難しくなり、2000年に、うちの近所に越してきてもらいました。長男だから、いずれ田舎へ帰るということで、ずっと賃貸暮らしでしたが、この時、同じ団地内の一室を購入。19年、ここで暮らしました。これは、相続手続きなどを依頼した法律事務所関係の不動産屋さんが買い取ってくれて、二束三文でしたけど、即売却になりました。この団地も築年数がたち、新しい耐震基準も満たしていないとかで、安くしないと売れません==×

2件目:失って寂しい田舎の家屋敷
父の田舎は、いわゆる先祖代々で、1970年代までは、祖父母が暮らしていましたが、祖父母の死後は、そのまま空き家。
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父は、ごく若い頃は祖父母と同居でした。母屋隣接に若夫婦用の2階建の離れがあって、私はここで生まれたそうです。その後、県外に何度か転勤して、盆暮れには必ず帰っていましたが、結局、両親は、祖父母と同居することはありませんでした。父としては、思い入れだけは、十二分にあって、貸家にするのも拒否、近所の親戚に宅地前の畑は任せ、簡単な維持・管理を頼んでいたようです。田んぼは、賃料をもらうこともなく、そのまま、貸しっぱなし?!これ、まだ残ってます==×
父の死後、維持、管理はとても無理なので、市(いつの間にか、市になってました)の空き家対策に登録して、不動産屋さんを紹介してもらい、売却を、任せました。買主負担で更地化ということで、これも二束三文?で、およそ2年後に、売却できました。列車からよく見えて、帰ってきたなぁ〜のシンボルツリー化していた、大木になったカイズカイブキは、隣近所というか、村の人たちの希望で、残しての更地化。田舎らしいですよね・・・・アパートを建てたいと言った大東建託の申し出は、かないませんでしたし・・・地元の人の子とか孫とか、が購入者かと思ったら、そうではなかったのには、ちょっとびっくり。よくぞ買ってくださったものです・・・市役所の人、曰く「まあ、限界集落っぽいです・・・」

そして、3件目が、一番のストレスだった叔父夫婦の家でした〜




コメント(2) 
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コメント 2

とりこ

難題解決のため、大変でしたね
そんな中でも、自然散策精力的に休まず続けて来られたこと感服です
一件でも大変なのに、3件とは~
少子化になると続々事例が出るのでしょうね
現に放置状態がたくさんあるそうです
逃げ出したいとか、私なら頭抱えて精神的に追い込まれそう
晴れて、足取り軽く~~ですね
by とりこ (2023-06-11 10:20) 

euridice

とりこさん、ありがとうございます!

叔父の家は、ほんとにどうなることか!
でした

一番の問題は、やはり国有地含みだと思います
関係者、だれも知らなかったんですよ〜
色々解決方法はあるようですけど
結果は未知数
やってみなくちゃわからない・・・でした

触らぬ神に祟りなしというところで
まるのみ購入者様々です

今は、お琴関係の集まりに自分が使ったり
貸出したりしているそうです


by euridice (2023-06-11 14:34) 

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